目次
はじめに!
こんにちは!
JR鳳駅から徒歩3分、堺市の予備校 武田塾鳳校 です!
今回お話するテーマは 山火先生が浪人時代に辛かったこと3選 です。
山火先生は偏差値37から武田塾御茶ノ水本校に通って1年間で早稲田大学に2学部合格しました。
今回のお話から山火先生も浪人時代は辛かったと知って、今の浪人生も諦めずに気持ちを高めていってほしいです。
なお、今回のお話はこちらの動画でも解説しています。山火先生が直接お話ししているのでぜひご覧ください。
①「お前は日大しか受からない」と先生に言われたこと
これは武田塾の先生に実際に言われた言葉です。
というのも、山火先生が武田塾に通い始めて1ヶ月経った頃。
そろそろ武田塾の勉強も板についてきて気持ちが緩んでしまいました。
そこで、あるとき1週間勉強をサボってしまい特訓前の確認テストの得点率が全て40%でした。
ちなみに、確認テストとは1週間のうちに出された宿題の範囲から全く同じ問題が出るテストです。
勉強をサボった結果、全く同じ問題が出るテストで結果が散々だったのです。
山火先生自身も反省はしましたが、少しヘラヘラしている様子を見て当時の塾長が「お前そんなんで早稲田行けるわけないだろ!せいぜい日大程度だ!」と言ってきました。
他の周りの先生にも「これでは早稲田には絶対受からない。1年後は日大だね」と言われました。
もちろん、先生たちは生徒のためになると思って言ってくれたのだと思いますが、さすがに凹みました。
この言葉を受けて
ただ、今ではこの言葉に感謝しています。
浪人生で気が緩みやすい5月にこの言葉を聞いて反省した結果、確認テストでは95%切ることはなくなりました。
多分この時にこの言葉をもらってなかったら受かっていなかったと思います。
②友達に「武田塾で大丈夫?」と言われたこと
山火先生は現役生のときに授業を行う大手予備校に2年間通って成績が伸びず、浪人生のときは武田塾を選びました。
ただ、山火先生が通っていた頃は武田塾が設立されて2、3年しか経っておらず校舎も1つしかありませんでした(ちなみに今は全国に400校舎以上あります!)。
そのため当時の受験生の間での印象はどこかの宗教団体…?みたいな感じでした。
そのため山火先生の友達がこういった言葉をかけてきたわけです。
もちろん、山火先生自身も「大手予備校の講師の授業を受けないと合格できないのかな」と不安に思ったこともあります。
しかし、今目の前にあるこの参考書一冊を完璧にすることは絶対に自分のためになると思って進み続けました。
これは「武田塾が〜」とかは正直関係ないです。
例えば、武田塾に通い始めたら4月頃に『システム英単語』や『英文法ポラリス1』、数学では『数学I・A基礎問題精講』をやっていきます。
そしてこれらの参考書を完璧にします。
これで伸びないわけがないのです。
山火先生は周りの否定を追い返して武田塾に通い続けた結果、1年で出身高校で唯一早稲田大学に合格しました。
ただ、自分が信じて選択した塾を友人に否定されるのは辛かったです。
③魔の4・4・4
まずこの数字が何かを説明します。
1つ目の4
武田塾への通学時間が往復4時間
2つ目の4
逆転合格のために睡眠を削り最後は睡眠時間が4時間
3つ目の4
睡眠時間を削り朝4時おきの生活を継続
1つ目の4
当時、山火先生は茨城県に住んでいて武田塾は東京にしかありませんでした。
そのために電車で片道2時間、往復で4時間かけて通っていました。
2つ目の4
武田塾でコツコツ勉強はしていましたが、夏休みにサボってしまいました。
その結果、勉強時間が足りないということで最終手段として睡眠時間を4時間にして勉強時間を確保しました。
夏休みのサボりがなければ睡眠を4時間にする必要もなかったですし、絶対真似しないでほしいです。
3つ目の4
夜の12時に寝て朝4時〜4時半には起きて、東京に向かい、朝7時から朝マックで勉強をするという生活をしていました。
ただ、夏休みにサボりさえしなければこういった生活をする必要はありませんでした。
実は高田先生も状況が少し似ています。
高3の春の時点で模試でE判定でした。
このままだと京都大学には受からないということで、高田先生は授業の時間を削りました。
体育以外の授業は全て内職して学校ある日でも勉強時間を10時間確保しました。
それでなんとか京都大学に受かりました。
どうしても勉強時間が足りない場合はどこから時間を捻出できるか考えましょう。
補足
睡眠4時間生活をしていたのは11月〜2月の4ヶ月間でした。
正直これを1年間継続するのは無理だと思います。
また、昼寝はしていました。
どうしても眠い時はちゃんと寝てください。
移動時間の4時間では半分睡眠半分勉強といった感じでした。
電車の中はどうしても眠くなるのでその時は寝ていました。
こういった生活を続けて1日の勉強時間は13〜14時間ほどだったと思います。
浪人時代の心境
とにかく受からないといけないという気持ちでした。
先ほどお話ししたように友達から武田塾を否定されてそれで落ちてしまったら「だから言ったのに」なんて馬鹿にされてしまいます。
また、親には浪人する時に「武田塾に通わせてください」と土下座してお願いしました。
さらに学校の先生からも頑張れよと応援してもらっていました。
そういった親や先生たちからの期待を裏切ることはできないというのが当時の心境でした。
山火先生が受験生に伝えたいこと
辛いこと、ピンチはチャンスです。
特に逆転合格を目指す場合はそうですが、受験勉強の中で辛いことは絶対にあります。
ただそれを辛いことと捉えずにちゃんと捉えたら合格可能性はぐんと上がります。
「お前は日大しかいけない」と言われてピンチをエネルギーに変えました。
友達には武田塾を馬鹿にされて「これで落ちたらダサい」と思い頑張れました。
朝4時起きはめちゃくちゃ辛かったです。
しかし、それをやれば受かると思っていました。
ピンチのあるところに成長があります。
これから浪人生として受験勉強を進める人はピンチをチャンスだと思い成長していきましょう。
まとめ
今回は 山火先生が浪人時代に辛かったことTOP3 をご紹介しました!
ポイントをおさらいしましょう!
・浪人生は勉強の積み重ねが最重要になる! ・辛い瞬間は誰にでもあるがそれを乗り換えると成長する! ・ピンチはチャンスだと思い諦めずに挑戦し続けよう! |